歴史・沿革
Information
ホーム > 歴史・沿革

醫王山 寂照院 高田寺

1. 本尊 薬師如来(秘仏) 旧国宝、現 国指定重要文化財
2. 宗派 日本仏教の母山 比叡山延暦寺を総本山とする天台宗
3. 開基 行基菩薩
4. 開基年代 養老四年 (西紀七二〇年)
沿革

 高田寺の創建は、奈良時代にさかのぼる。壬申の乱で功を得た高田首新家の菩提を弔って養老四年(七二〇)、その子首名が行基菩薩を請じて建立したといわれる。「続日本紀」巻第二十四、淳仁天皇天平寶字七年(七六三)の条は、高田寺が歴史上最初にその名が登場する文献である。その後、大同年間、伝教大師が東国巡鍚の折、天台宗となった。かつては末寺が十六ヵ寺、創建以来七堂伽藍十二坊を擁した大寺で、室町時代に最盛期を迎えたとされる。その後、寛永年間(一六二四~四四)明正天皇の病気平癒を祈り、験あって塔頭の実相坊円忠大德に薬函を賜ったという。本堂は国重文(旧国宝)。国宝の指定理由に「尾張一の美建築といってさしつかえない」といわれたほど美しい建物である。建築様式から鎌倉末期あるいは室町初期の建立と推定される。本尊の薬師如来像も、国重文(旧国宝)。養老四年(七二〇)創建当時の仏といわれる。現在は秘仏で、五十年目ごとに御開帳を行う。

小野道風奉納の扁額
 当寺は、春日井市松河戸に生まれたという平安時代三蹟の一人、小野道風公との関係も深い。道風公は、眼病治癒や書道上達を薬師如来に祈願したといわれている。本堂修理の際にも寄付をしたり、自筆の扁額「医王山」を奉納している。今も道風公にあやかり、書道上達、眼病治癒を祈願する人は多く、本堂前に古筆を納めたといわれる筆塚もある。 小野道風奉納の扁額
底なしびしゃく
 眼疾に悩まされた元正天皇の眼を治したことから薬函を賜り、眼病平癒の祈願所となり又、耳を病む人が薬師如来の功徳により治り、お礼に底なしのひしゃくを奉納したという。このことから今もなお、底なしびしゃくの奉納があり堂内に山積みされている。これは、仏様に願いが通じたという意味で、ひしゃくの底をぬいて奉納します。
宝篋印陀羅尼塔
 高さ三三〇センチメートル「尾州春日井郡高田寺當住覚道師建立、元禄六年(一六九三)八月吉祥日□一切衆生皆共成佛道」の銘文が刻まれている。なお、周囲には、四十九碑をめぐらし、荘厳な供養塔婆である。
 なお、開山当時の七堂十二坊を裏付けるものとして、「張州雑志」等によると、観音堂・仁王門・十王堂・多宝塔などの諸堂のほか、実相坊。地蔵坊・奥の坊・十行坊・正行坊・智光坊などの坊が見られ、名称のみ今に伝わっている。但し、実相坊は、「張州雑志」「徇行記」に「…十二坊の内、今実相坊一坊のこれり。代々眼科医を業とす。」と記されており、今も寺の南西部に祉がある。
宝篋印陀羅尼塔

高田寺

高田寺


山門 大正十四年建立
書院(現庫裡) 昭和四五年建築
書院(旧庫裡) 江戸時代元禄年間建立。
観品殿(客殿) 昭和四五年 新築。本尊は聖観音菩薩。先祖代々回向法要を主に行う。
客殿内 位牌堂 納骨堂
弁財天   
秋葉堂 (秋葉大権現)
弘法堂 (弘法大師)
観音堂 (三十三観音像)
大日如来石像 (「尾州雑志」に記載)
六地蔵   
鐘楼 世界平和祈願の鐘
CONTENTS

ご案内


屋号 高田寺

所在地
〒481-0011
愛知県北名古屋市高田寺383

TEL:0568-21-0887

FAX:0568-23-2094
ホーム歴史・沿革年間行事文化財御利益御祈祷納骨・永代供養心の法話
交通のご案内

Copyright© koudenji.net. All Rights Reserved.

ページ上部へ